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百合小説合同企画 入口

2010.07.15 *Thu
今回、私の企画した百合小説合同公開にあたって、「雨」をテーマに4名様から作品を寄稿して頂きました。

このページを入口として、各作品の記事にリンクする形でまとめておきます。

嶋屋小夜香様
(twitter:saya55)

十六夜日記様
(twitter:isayoinikki)

レトス様
(twitter:retosu)

河瀬羽槻様
(twitter:kwgs)

以上の作家様に感謝の意を表明しつつ、私の書いた作品にて最後を締めさせて頂きます。

雪ひら
(twitter:yukihira_)


編集後記
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「rain,rain,rain」

2010.07.15 *Thu
彼女のことは、「れん」と呼んでいた。
本名かどうかなんて知らない。
私は本名で「七瀬」と呼ばれていた。
フルネームを名乗ったから。
インターネットでの出会いなんてそんなものだ。
仮想現実。
だからまさか会うことになった時は驚いた。
私たちはレズビアンのコミュニティに属していて、真性の人からなんちゃっての人まで幅広くいたけれど、私とれんはすぐに気が合った。
どちらもリバだし、ビアン寄りのバイ。
私はその時彼氏がいたけれど、れんと出会ってからは、彼女と会うのが楽しくて、彼氏に浮気を疑われた。
そして面倒になって別れた。
説明しても鬱陶しいだけだし、あんな男には到底理解出来ないと思ったから。
れんは結構遊んでいるようだったけれど、私と付き合うことになった時は、すべての関係をきちんと整理してくれた。
私のためにそこまでしてくれた人は、男女合わせても彼女だけだ。
そんな価値、私にはないのに。

あの頃私はとても雨女で、出かけると言うと必ず雨に見舞われた。
でもれんと出かける時は何故かいつも晴れで、雨が降ったとしても車デートの最中だったり、ただの夕立だったりといった程度だ。
れんは晴れ女だね、と言うと、七瀬のためなら星も降らせるよ、とさえ言ってくれた。
実際、一緒に流星群を見にも行った。
れんに腕枕をされて隣に寝そべって空を見上げながら、もうこのまま死んでもいいとさえ思った。
若かりし頃の話だ。
死を神聖なものだと勘違いできていた頃。
美しいものだと思い込んでいた頃。
実際、死は甘く美しいものだった。
それは突然やってきた。
れんと待ち合わせしていたビルの下にいると、上から何か降ってきた。
一瞬驚いて座り込んだものの、ゆっくりと目を開けるとそこにれんがいた。
まるでヒーローのように登場したわけではない。
頭が割れて脳漿と血が飛び、手足はあらぬ方向を向いていた。
うつぶせになっていた顔は見れなかった。
いつも持っていた、鋲打ちのウエストポーチから、私あての遺書を見つけたのはただの偶然ではないはずだ。

七瀬へ。
マジ愛してる。
アタシが死んだら七瀬のものになる。
生きててもなれたらよかったんだけどね。
ごめん。
死んでも愛してるよ。
By.ゾンビ←アハハッ

私は何も知らなかった。
れんが誰かにストーカーされていて、このままだと私にまで危害が及ぶと案じていたことなんて。
私が待ち合わせ場所にいたとき、そのストーカーが私を狙っていたなんて。
そこへれんが飛び込んできたなんて。
全部警察からきいたことだ。
待ち合わせ相手で、事故の現場を目撃したのだから、事情をきかれても仕方ない。
警察の「彼女との関係は?」という野暮な質問に、私は臆することなく「恋人です」と答えた。
さすが警察なだけあって、表情にはほとんど感情を表さなかったが、目だけは私を変人扱いしていることがわかった。
けれどそんなこと知った事ではない。
案外親切に事の事情を離してくれた警官の一人は、以前からストーカー被害でれんから相談を受けていたという人だった。
そして私は別の部屋に連れていかれ、マジックミラー越しに、醜い女が尋問されているところを見た。
醜い。
れんを意識してか、パンキッシュなファッションをしているが、ジーパンの裂け目から肉がはみ出るんじゃないかというくらい太っていたし、髪の毛はれんと同じ赤で、でも手入れが行き届いていなくてゴワゴワだった。
彼女を知っているか、と警官に聞かれたけれど、私は見たこともなかった。
あんな相手がれんや私のことをまるで自分の事のように知っているなんて気持ち悪い。
死ねばいいのに。
ああ気持ち悪い。
その時の私の中では、れんはまだ生きていた。
救急車で病院に運ばれて、必死の治療を受けているはずだった。
呼吸と脈拍のないのを確認して、クリーニングされて地下の暗い霊安室にいるなんて思いもしなかった。

病院へ行った。
れんは…と聞こうとして、はじめてれんの本名を知らないことに驚いた。
あんなに何度も呼んだ名前が、もはやれんがいない今、誰にも通じないなんて。
仕方なく受付で、さっき救急車で…と言ったら、哀れみを帯びた表情で地下まで連れて行ってくれた。
なんで地下なの?
ICUとかって地下なの?
地下にも病室があるの?
いくつもの「?」は、ひとつの扉を開けてすぐに払拭された。

ああ、れんは死んだ。

顔に白い布が被せられていて、脇に線香とロウソクが灯してあった。
白い布をどけると、白く美しかったれんの顔が、腫れて裂けて歪んでいた。
でも、それは間違いなくれんだった。
「ご家族の方に連絡を…」と誰かに言われたが、れんの本名さえ知らない私が、家族の連絡先なんてわかるはずもない。
わかりません、と言うと、そうですか、と言ってその人はいなくなった。
仄暗い地下の肌寒い一つの部屋に、私とれんは二人きりだった。
「れん…」
初めてその日声に出してれんの名を呼んだ気がする。
うん、すぐそばに行くからね。
私はれんにかけられた白いシーツの端を破り取り、それを何本か作って綱のようなものを作った。
これで首が吊れる。

だからこの小説は私の遺書だ。
れんは私のすべてだった。
私のすべてはれんだった。
彼女がいなくなった今、私の存在理由はない。
だからここで終わりにする。
外は雨だろうか。
れんが死んだときは晴れだった。
だから私が死ぬときはきっと雨だろう。

さよなら。

大宮七瀬。

2010.07.15 *Thu
 真っ黒な空から落ちてくる水玉が、赤色の傘を叩く。雨音だけに支配された通学路。晴れていた登校時とは異なり、歩いているのは、今は優香だけ。夏の17時だというのに辺りはもう暗い。街灯の明かりがアスファルトを照らしてはいるものの、どうにも心許なかった。
「幽霊の正体見たり枯れ尾花、ってね……」
 昔の人は街路樹の柳が垂れ下がっているのを濡れた女の黒髪と見間違え、幽霊と勘違いしたそうだ。視界に端に並んでいる柳を改めてしげしげと観察すると、それも仕方の無いことのように思える。もしも、街灯の無い時代に生まれていたのなら、きっとこの柳通りは一人だと怖くて歩けそうにはない。
(雰囲気満点、だもんね……)
 そんなことを考えていると、何故か背後が気になってくる。誰かに見られているような違和感と、何者かがすぐ背後に立っているような気配に、背筋がぞわぞわとしてたまらない。優香は気味の悪さに我慢できず、何も無いことは分かってはいるものの、立ち止まり、ゆっくりと振り返った。
 突如、今まで横切ってきた数十本もの柳が、風に一斉に揺れ始める。偶然か或いは必然なのか、まるで自分のことを手招きしているかのようだった。このまま、どこかへ連れていかれそうな気配に、優香は思わず唾を飲み込んだ。
 と、その時――
「!?」
 背後から鈍い音がした。どきっ、と心臓が大きく脈打つ。息が喉でつかえ呼吸が止まった。指をぎゅっと握り締め、全身が力みに硬直する。そのせいで、反射的に振り返ることができなかった。
(ばっ、ばか。何を驚いてるのよ、私ったら……)
 心中で言い訳をして落ち着こうと試みたものの、逆に動揺が全身へと広がっていった。機を逸してしまえば、得体のし得れない何かへの恐怖心から、もはや自力では振り向くことができない。
(どっ、どうしよう……どうしようどうしよう……)
 だが、時は戻ってこない。それどころか、生温かい風が優香の頬をねぶるように撫でてきた。まるで、肩口から息を吹きかけられているかのような感触に、背筋が粟立つ。視界の柳は変わらず、こちらの方へもぞもぞと不気味に枝を動かしている。
 優香は戦慄した。もしかして柳達が先程から手招きしている相手というのは、自分の背後にいる――
 ゲコ。
「っうわああああぁぁっ!」
 突然、背後から聞こえた鈍く気味の悪い低音に、彼女は絶叫して振り向いた。足がもつれ濡れた路面に滑り、そのまま水たまりの中へと沈む。手から離れた赤い傘が、柳の根元へ転がっていった。
「はぁ……ははは、はは。なんだ蛙。蛙、か……」
 見やると、傘の脇で緑色をした殿樣蛙が一匹、喉を膨らませているではないか。優香は安堵のため息をはいて、動悸と息切れのする胸を撫で下ろした。
 と、蛙のつぶらな瞳と目が合った。
 ゲコ。
 笑われた気がした。いや、明らかに嘲笑している。
 優香の顔がみるみる真っ赤に染まっていくや、尻もちを付いたとき以上の勢いで立ち上がると、蛙を指差して今度は力いっぱい叫んだ。
「ちょっとビックリさせないでよね、このバカ蛙!」
 ゲコ。
「なによ!」
 ゲコ。
「だから、なんだってのよ!」
 ゲコ。
「悔しいーっ! 蛙のくせにバカにしやがってーっ!」
 ゲコ。
「……」
 ゲコ。
「はぁ……蛙を相手に何をしているんだろ、私……」
 顔色一つ変えない蛙に、雨のお陰も手伝って、頭に登っていた血が一気に冷めていく。
 肩まで伸ばした黒髪が、頬や首筋に張り付いて気持ちが悪い。お尻に触れる。スカートはびしょ濡れになっていて、下着まで浸透していた。上着も同様だった。もはや、手遅れなことは承知していたが、雨にずっと打たれたままでいるつもりは毛頭無い。
 優香は蛙の側まで歩み寄り、傘を手に取った。異常はないか確認する。どうやら骨は折れていないようだ。そんな姿を、蛙が見上げている。
「なによ?」
 ゲコ。
 先刻から彼女の声に反応している訳ではないのだろうが、蛙は一鳴きすると、何を思ったのか柳の枝に向かって飛び跳ねた。が、僅かに届かない。蛙は華麗に着地すると、また枝に向かって跳躍する。今度も辿り着くことができず、水たまりに波紋を広げて着地する。
「蛙のくせに情けない奴め。私を笑うなんて100年早いのよ、ばーか」
 ゲコ。
 しかし、優香の声など聞いてはいないと言わんばかりに、蛙は何度も何度も同じ事を繰り返し始めた。
 3回。
 4回。
 5回。
「バカね……いい加減に諦めたら?」
 6回。
 7回。
 8回。
「何度やっても無理なものは無理なんだって。私と一緒でさ……」
 10回。
 11回。
 12回。
「諦めなよ、私みたいに。その方が楽だよ?」
 13回。
 16回。
 18回。 
「諦めなって、無駄なことはさ!」
 20回。
 24回。
 27回。
 ゲコ。
「人が親切に言ってやってんのに……しょせんは蛙、か。馬っ鹿じゃな――」
 彼女が悪態を吐いた、その時。その言葉をかき消すように一陣の突風が吹き抜けた。
 枝が音をあげて揺れ、柳が大きくたわむ。そして――
「うそ……」
 優香は眼前の光景が信じられず、目を見開いた。何が起きたのか理解することができなかった。その一部始終を、見ていたにもかかわらず。
 ゲコ。
 対して、蛙は冷静だった。先程と変わらぬ声色で一鳴きすると、枝を起用によじ登っていく。一人その場に残された優香にできたのは、呆然と、つやつやしたその後ろ姿を見送ることだけだった。

『先輩にお話したいことがあるんです。もしよかったら放課後、お時間戴けませんか?』
 お昼休み。昨晩は緊張の余り一睡もできなかったせいで目の下に作ってしまった隈を、母親から拝借した化粧品を使い入念に隠した優香は、意を決して先輩の教室を訪ねた。
 相手に聞かれるのではないかと心配するくらい、大きく脈動する早鐘の左胸。緊張による手足の強張りと震え。それらを勇気でねじ伏せ、可能な限りの平静を装い、自分で可愛らしいと思う精一杯の笑顔で先輩にお願いした。
 すると、先輩は教室まで押しかけてきた後輩に対して何一つ嫌な顔をせず、長い黒髪を右手で掻き上げ、可愛らしく小首を傾げながら、いつもの穏やかな微笑みで了承してくれたのだった。

 にも関わらず――優香は今、ここにいる。
「無様なのは……断られるのが怖くて、直前になって逃げ出した私だけだ……」
 脱力した手の中から傘が落ちて、再び地面を転がっていく。
 今日は運動場が使えない。部活は休みとなり、部室には誰もいない。明かりの灯っていない部室に来た先輩は、さぞ訝しんだに違いない。そして、中でしばらく待った後、飽きれ果てて帰ったことだろう。
「どうせ嫌われるんだったら……この気持ちだけでもきっちり伝えれば良かったのよ!」
 溢れ出す涙が、後悔という名の軌跡を頬に描いていく。火傷してしまう程に熱く、痛かった。知らずに噛み締めていた唇。口内に血の味が広がる。
 と、そこへ――
 ゲコ。
 声が聞こえた。
 何故か、はっとして、優香は柳を見上げた。しかし、蛙の姿はもう何処にも見えない。雨音に負けない鳴き声だけが、彼の元までやってきていた。
 ゲコ。
「私は……あなたのことを、馬鹿にしたのよ?」
 ゲコ。
「ええ、そう……」
 ゲコ。
「そうよね……」
 ゲコ。
「ありがとう……」
 優香はそう蛙に告げると、駆け出した。

 いま自分にできることを、ただただ成すが為に――


テーマ 「雨」
題材  「6月花札――柳に蛙と小野道風」

2010.07.15 *Thu
 降りしきる雨がすべてを洗い流してくれるような感覚に包まれた。外から聞こえてくる雨音が夢から覚ましてくれるような気がした。もう何度も思い返した。
ジャラ……ジャラ……。右手に繋がれた鎖が音を立ててその存在感を示している。これが現実なんだと私に語りかけてくる。
目の前に転がる人の山、部屋に充満する腐臭、血の匂い。私以外に動く影はない。この状況は私が望んだことだったのだろうか。もうなにもわからなかった。いや、すべてわかっていたのかもしれない……
――私に好意を向けてくれたあの子……
――私を好きといってくれたあの子……
――私の好きなあの子……
――私を一番愛してくれているあの子……

 先に好きになったのはどっちだったか。出会いは平凡なもの。入学式で隣り合って並んで座ったのが始まり。
「ねぇ、私と友達になろうよ」
こんなありきたりな一言。何の考えもないような適当な一言。でもなぜかその言葉にはどこか必死な感情が混じっている気がした。この子を見捨ててはいけないと思わせる何かがあった。
この子には私しか見えていない、そんな第一印象だった。
 でも、違ったのかもしれない。必死だったのはきっと私だったんだ。始めての出会いなのに彼女に見捨てられたくなかった。きっと私は恋に落ちたんだろう。一目ぼれに近い感情、どうしようもないくらいに恋だったんだろう。
――今なら分かる、あの子もあのとき私に恋をしたんだろう。

 それからの私たちはどこに行くにも何をするにも常に一緒だった。隣にいることが自然だった。あの子が隣にいないそんな世界が考えられなかった。何をしたい、何を求めている、そんなことをわざわざ話さなくても意思疎通ができた。
不思議な感覚。心地いい感覚。
言葉ではなく理性ではなく偶然ではなく、感情で本能で運命で結ばれている感覚。私の心があの子に占拠されている感覚。あの子の心を私が占拠している感覚。
2人で1人、1人が2人。世界は私とあの子とその他大勢でしかない。一心同体。私とあの子は結ばれている。――見えない鎖で。

 告白はあの子から。突然、しかし必然、そして転機。ただの儀式的なものでしかなく告白なんて無意味だった。すでに私たちは絆だった。あの子は私を束縛するため、束縛されるためのきっかけが欲しかったのだろう。私はそれを理解して承諾した。あの子にすべてを捧げることは私の誓い。私のすべてを掌握することがあの子の願いなのだ。

 そばにいたかった。抱きしめたかった。手をつないていたかった。きれいな瞳を見つめていたかった。美しい声を聞いていたかった。あなたが放つ香りを嗅いでいたかった。あの子がだけがほしかった。
あの子がほしかったほしかったほしかったほしかったほしかったほしかったほしかっ……
 あの子も同じだった。私だけを求めた、求められた。私の意識を感情を独占しようとした。私の行動も言動もすべて自由を独占しようとしていた。私と一緒に堕ちようとした。
どれだけ落ちても不安が残った。あの子と繋がっていないことが怖かった。

 曇天に包まれ雨の降る日、私たちは真の意味で結ばれた。あの子は私を鎖で拘束した。あの子と私を結んでいた見えない鎖が現実のものになった。うれしかった。見えない怖さが無くなった。そこにあることが心を私を高揚させた。
それからのあの子との日々は幸せだった。あの子に拘束され、鑑賞され、愛された。そしてわたしも受け入れた。ずっとずっとずっとそばにいた。そばにいたかった。これ以上の幸福は無かった。あの子と一緒にいられる。それだけで私は生きていけた。なにもいらなかった。

――そう思っていた
――でもなにかがクルイハジメタ
あの子はいつしか拒絶するようになった。私をではない、他者を私以外のすべてを拒絶した。あの子は私以外のすべてに殺意をもっていた。
最初は父だった。息をしていない父が目の前に倒れていた。いつものような父だったがそこにもういなかった。次は母、きっと母だ。全身がつぶれて原型などどこにも無かった。ただの肉片が目の前に転がっていた。姉は目の前で他界した。私の目の前で心臓が抉り出された。最後の一言は助けてだっただろうか。妹は切断されていた。いくつかの細切れになっていく姿を目の前で見ていた。男の人が目をくりぬかれていた。あの子のお父さんだろうか。身体からあらゆるものが抜かれていた。横に転がっている。あの子のお母さんかな。転がっていた。もうそれ以上記憶することをやめた。
私の知り合いはどんどん死んでいった。目の前に積まれていく家族、クラスメイト……。誰が誰だかもう分からない。分かる必要もない。私はあの子だけが認識できてあの子だけを想えればそれでいい。以前は世界は私とあの子とその他大勢だった。今はもう世界は私とあの子だけしかない、そうに違いない。私とあの子だけでいい。
私とあの子の関係、きっと歪んでいるのだろう。でもこの歪んだ愛が私たちには一番だった。最高だった。そして最低だった。最後は……どうかあの子と一緒に……最高の幸福を………………

扉が開いた。アノコガヤッテキタ。アマオトが奏でるメロディ、そしてあの子のエガオガワタシノサイゴノ……

傘の賢しさ愚かしさ

2010.07.15 *Thu


 開いた窓の外から、冷たい風が雨の香りを伴って吹き込んでくる。北の空は、不穏で薄暗いベージュ色。湿った風にいつ水滴が混ざったっておかしくない。
 六月。放課後の文芸部には、今日も私とあやめ先輩の二人きり。
 他にも部員は数名いるが、正式な活動日は毎週水曜日だけ。残りの四日は、来たい人だけが自由に部室に来ている状態だ。大抵は私たちだけだけど。
 そのあやめ先輩はといえば、手元の本の文字を淡々と追いかけている。今日は赤の岩波文庫――見るからに疲れそうだ、と普段大して細かくない本ばかり読んでいる私なんかは思ってしまう。
 私はそんなあやめ先輩を見ているのが好きだ。本を読む時だけ薄い眼鏡をかけて、餌にありつく小動物のような仕草で、食い入るように文字を貪っている。時折ページをめくる指は、すっと細長く整っている――口づけしたくなるぐらいに。
 ……っと、危ないな。
 あんまり見ていて気付かれたら困る。視線を手元の本に戻した。あやめ先輩に見とれてるなんて気付かれたら、どうなってしまうやら。
 別に変な欲求とかじゃない――だけど、あやめ先輩を見ていると、なんだか妙に胸が高鳴ってくるのだ。いや……今こうして目をそらしたってあやめ先輩のこと考えてるんだから、見ていなくても、か。
 正直自分でもどこまでしたいのか分からないけれど、今私が願っていることは一つ。
 ……今日こそ、雨よ降ってくれ。
 そしたら、駅まで相合い傘できる。
 二人で一つの傘を握り、運が良ければ指と指とを絡めあえる。
 私はそのために毎日「夕方から雨」のローカル局の天気予報を横目にしつつ、傘なんて持たずに学校に来ているのだ。今日を含めて四日連続で。
 戦果は今のところ三連敗。
 毎日毎日、通り雨は帰る直前とか直後とか妙なタイミングで通り過ぎていってしまったのだ。
 今日こそは……最終下校と同時に来い、積乱雲! 水分よ集い我がもとに降り注げ!
「どうしたの、笠間。ガッツポーズなんかして」
 先輩の低くて少し気だるげな声が、私を我に返らせた。
「あ、何でもないです!」
「そう? ……楽しそうだけど」
「ちょっと、展開の予想が当たって」
「そっか……うん、おめでとう」
 どう答えるべきか迷うような間をおいてから、はにかみ笑いを浮かべて言った。あやめ先輩は、いつでも言葉を丁寧に探してるみたいだ。
「ええ、ありがとうございます」
 会話が途切れる。再び、あやめ先輩は淡く茶色がかった紙と黒いインクの世界に戻っていく。私もそうするのが、文芸部員としては正しいんだろう。
 ページに目をやれば、奇妙な館で起こる連続殺人のまっただ中。二人目の男が殺されて、探偵役の男が部屋に戻ろうとした別の男を引き留める。
 ――『殺人鬼と同じ部屋にいなけりゃならんなんて気色悪い! 俺は部屋に戻るぞ!』『今はそんなことを言っている場合ではありません』――
 そりゃあ、家で一人でいたりすれば集中もできようが、今の私にはあんまり興味を持てないらしい――『今はそんな本を読んでいる場合ではありません』ってなものだ。
 何しろ、あやめ先輩がすぐそばにいるのだ。
 本からそっと目線を上げると、さっきまでと同じように細めた眼で文字を追っていた。唇が薄く開いている。よっぽど熱中してるのかもしれない。
 いつか、その唇に触れる時が来るのだろうか。……来て欲しいな。
 そんな風に考えてる自分に気付いて、頬が熱くなった。あやめ先輩とキスすることなんて、今まで考えてみた試しもなかったけれど――考えてみると、案外キスしている場面自体はすんなりと想像できた。
 要するに、あやめ先輩の顔と私の顔がゼロ距離になって、やらかい唇が触れ合って視界が先輩でいっぱいになって、ひょっとしたら体の方もくっついてるかもしれなくて――列挙したらキリがないけど、要するにそういうことなんだろう。
 だけど、そこまでの道筋を想像しようとしたところで、私の想像力の限界にぶち当たった。
 どうやってあやめ先輩とキスするような仲になれっていうんだろう。……相合い傘すら祈って祈って上手くいかないような状態なのに、さ。
 小さく溜息をついて、あやめ先輩の後ろ、窓の外を見る。梅雨の空はさっきより暗い色に染まってきた――時計と見比べる。最終下校までは一時間半。
 もうしばらく待っていてくれ、積乱雲。



 下校時間になったとき、私はすっかりしょぼくれた気分だった。通り雨はすぐに通り過ぎていき、夏みたいな西日が湿ったままの空気を加熱してる。暑い。鬱陶しい。
 従って相合い傘は今日もできなかったってわけで。まあ、ままならないもんである。
 嘆きを心にしまいつつ、二年生の昇降口まで走って行くと、先に靴に履き替えたあやめ先輩が待っていた。
「雨、止んだね」
 先輩は背筋を伸ばして、眩しそうに空を仰ぎ見る。そんな先輩の姿も悪くないけれど、左手に持った飾り気のない黒い傘に目が留まってしまう。
「ええ、良かったです」
 思ってもないことを口にする。
 日傘にして相合い傘しましょう、とは言い出せない。黒くて日傘には不向きだし、くっついたら逆に暑くなるに決まってるし、だいたいそんな勇気はない。
「……そうね」
 先輩が小さく頷いてから、私たちは並んで歩き出す。
 駅までの道は歩いて十分少々。
 その間、私たちは話したり話さなかったり。
「笠間」
「はい」
「今月分のネタ、なんかできそう?」
「ええっと……まだ」
 一応月に一度、会誌に何か書かなくちゃいけないのだ。長さの制約とかはないけど、まだ私は一年だし、あんまりひどいものを出すわけにもいかない。
「そっか。まあ、まだ半月あるからね」
「ですね、頑張ります。先輩は?」
「私は……うーん、あるけどまとまってないね」
「そうですか……えっと、また読みたいんで、期待してます!」
 あやめ先輩の作品は、出来が良いとか悪いとかじゃなくてあやめ先輩がそれを書いた、という意味で面白い。
「ふふっ……ん」
 照れくさそうに笑った後、納得したように頷いた。
 バイパスの信号で立ち止まる。ダンプカーやら大型トラックやらが騒がしく行き交っている。ここで喋ったとしても、あやめ先輩の低い声はかき消されてしまいそう。
 隣の先輩を横目で見ると、斜め上の方を向いたまま、気の抜けたような緩んだ顔をしてる。何か考えごとでもしてるのかな。次の作品のこととか? 邪魔しないでおこう。
 しばらく待ったところで、信号が青に変わった。
 私が歩き出したのに二歩か三歩か遅れて、先輩が慌てて追いついてきた。
 それからは、何事もなかったように並んで歩いている。会話はないけど、まあそれはよくあること。
 先輩はもともと口数が多い方じゃないし、私も無理に話しかけることもないのかな、って思うから。
 だけど、これは、少し変。
 確かに歩いちゃいるけれど、先輩の足取りはなんだかおぼつかないような。
 横目で私が見ていたら、普段なら何らかの反応をするんだけど、気付いてやいないみたいだ。
 駅に着く、ずっとそんな調子だった。 
「先輩、また明日!」
「さよなら」
 私は跨線橋の向こうから出る電車に乗らなきゃいけないから、ここでお別れ。
 先輩に背を向けて階段を上り始めると、先輩がすぐ隣についてきていた。
「あの、どうしたんですか?」
「え……おかしいね、ちょっとボーッとしてて。それじゃ」
 本人も不思議そうな顔をして、階段を引き返していく。
「大丈夫ですか?」
「うん」
 小さな返事だったけど、確かに聞こえた――本当に、どうしたんだろう。
 熱とか出てないと良いんだけど。



 翌日。部室に来てから一時間のあいだ、交わした会話は最初の挨拶だけ。
 本を読んでるフリをしながらあやめ先輩の動きをちょこちょこと眺めていたけれど、今日も先輩はちょっと変だ。
 目線がページを追っている――かと思えば、時々ずーっと止まったままになる。目を閉じてみたり、物憂げに遠くを見るような目になったり。
 その遠くを見つめるような目も似合ってるといえば似合ってるんだけど、やっぱり心配だ。
 それから、思い出したようにまた本の文字を追い始める。いつもより少し早いぐらい――きっと、読んではいるけど頭に入ってないんだ。
 っと、私も本を読むフリだけでもしなきゃ。目を落としたページでは、昨日部屋に戻った男が死体になって見つかっていた。あやめ先輩に比べると甚だどうでも良い。
 あやめ先輩は何について悩んでいるんだろう。……部活絡みで何か心配事があるようにも見えない。部内の人間関係はパッと見平穏そのもの――そうでないのなら、なんについての問題だろう。
 手掛かりは私の中を探せど見つかりそうもなかった。
 私が入部して二ヶ月。あやめ先輩については、まだ知らないことが多すぎる。
 クラスではどんな感じなの? 家では? 兄弟はいるの? 家族仲は上手くいってるの? 中学の時はどんな人だったの? どんな友達がいたの?
 ――恋人はいるの?
 聞いてみたい。だけど、もしそんなことを聞く勇気の持ち合わせがあったら、今頃空を祈りながら見上げるなんて煮え切らない真似はしてないだろうな。
 今日の窓の外は、昨日より早く暗くなっている――まだ夕方前なのに、色味を失った鈍色の分厚い雲に覆われている。今にもものすごい雨が降り出しそうだ。最終下校までは続かなさそうだな。
 あやめ先輩も本から目を逸らして、私と同じように外を眺めていた。
 ……先輩の目には、このモノトーンの空はどういう風に映っているんだろう。
 先輩が外から視線を戻そうとするのを見て、感づかれないよう慌てて私も同じように視線を戻す。
 ああ、私はこうやって黙って先輩を眺めて心配するぐらいしかできないのかな。
 風がさらさらと木の葉を揺らす音に混ざって、先輩がページをめくる音が聞こえた。やけに低い音が混ざっていたような。
 先輩の方を見ると、相変わらず本を見たまま動かないで、何か考え事をしているみたいだけど……白い指先に、赤い血が滲むように浮き出してきていた。机を挟んでいるのに分かるぐらい、ってことは結構深く切っちゃったんじゃないか。
「先輩? 大丈夫ですか?」
 あやめ先輩はうつむいたままで、返事をしない。私は立ち上がって、先輩のそばに立つ。
「あの、先輩? 指から血出てますよ」
「え? ああ、うん……そうだね」
 私の方をチラッと見て、また本に視線を戻した。こりゃ、完全に聞こえてなさそう。
 左手の人差し指に斜めに傷が走っている。指先から溢れた血は、傷口の上に溜まって今にも流れ出しそうだ。白い指を伝っていけば、本にも血がついてしまいそう――それに、このまま放っておいたのじゃ、傷に悪そうだ。
 もう一度、先輩の指を見る。
 均一な色味の白い肌は、白磁を薄く固めたような繊細さで、透き通った輝きを静かに湛えている。その中でどんどん濃くなる赤。私の目は、その一点に吸い寄せられていく。
 触れてみたい。触れてほしい。傷つけたい。傷つけてほしい。欲求が交錯する。
 その指先が、またページをめくろうとする――傷から血が出てるのに。
「――だめっ!」
「え!?」
 私は両手で先輩の手を取って、人差し指の先端を口に含んでいた。口の中に血の味が広がる――これが、先輩の味なのかな。
 ほら、舐めとけば治る、って言うし。だけど、それが建前にすぎないなんてことは、私だって分かってる。
「ん……んっ」
 先輩の指に舌を這わせる。舌に乗っている先輩の指が、硬直するように折り曲げられる。それが何であれ、反応を示してくれたことが嬉しくて。私は、先輩の手首をより強く握りしめていた。
 先輩の少し長い爪に、舌が引っかかる。その感覚が、私をより昂ぶらせる。この後、どうしようか――。
「あの……笠間?」
 先輩の声で、我に返った。先輩の私を見る目に浮かんでいるのは、困惑と混乱。
 ――当たり前だよ。嫌悪と侮蔑でないだけマシなぐらい。
「わ、えっと……私……わ、わたし……」
 こんな時の言葉の持ち合わせはない。弁解も何も、理由付けなんてできそうもない。
「あの、まあ……落ち着いて?」
 先輩が無理してるって見て分かる笑顔を作って言う。
「ごめんなさいっ!」
 顔を合わせているのが辛くなって、私はこの場から逃げ出した。
「か、笠間ー!?」
 先輩の上ずった叫び声が、ずっと背後から投げかけられた。
 ――私、どうしよう。



 誰と顔を合わせても、何も話せることはない。どこか、誰も来ない場所を求めて走る。
 部室棟を飛び出した私は、木々の間を走り続ける。分かれ道――左だ。放課後の実験棟なら。
 図書室から出てくる人を横目に、階段を一段飛ばしで駆け上がる。二階、三階、一気に人の気配がしなくなる。さらに先へ上った場所には、人が来るはずはない――屋上しかないのだから。
 屋上への扉のノブに、縋り付くように両手をかける。開こうが開くまいがどっちでも良い。
 だけど、回してみたら鍵なんかかかっていなかった。
 屋上に出て空を見上げたところで、目眩がした――立っている気力がなくなり、へたり込んで後ろの壁に寄りかかる。
 慣れない全力疾走で、完全に息は上がり、心臓は乱れたままの鼓動を繰り返してる。体が熱くて、じっとしているのも何だか辛い。
 もう一度、乞うように空を見上げた。
 初めて絵の具をもらった子供が喜びながらいろいろな絵の具を混ぜすぎたような、まだらで重々しい灰色。その中から一滴の雨粒が落ちてきた。
 なんで、私、あんなことしたんだろう――。
 口づけたかったから口づけた。そのきっかけがたまたま傷口だった。何で口づけたかったかって……先輩の指が綺麗だったから?
 そうじゃない。たぶん、先輩の指だったから。先輩のことが、私は、好きなんだ。やっぱり。
 だけど、こんなに先輩に触れたくなるなんて、自分でも思ってなかった。とはいえ、さっきした、指先への口づけが私の本心で――ううん、口づけなんて言葉じゃ、生ぬるいのかも。愛撫と呼ぶべきものだった。
 先輩にあんなことしたいしされたい。それが私の答え。
 明日から会話してもらえなくなっても、何も文句は言えないな。先輩は、私を嫌悪するかな。ちょっと考えてみようか。
 悩み事をしながら本を読んでいたら、いきなり後輩が傷口を舐めながら変な目線を向けてきました。でもって勝手に謝って逃げました。さあどうよ?
「絶対、無理だよ……あ、あははっ……」
 思わず笑ってしまうぐらいの絶望。それと共に、涙が溢れてきて、私の視界をめちゃくちゃにぼやけさせる。
 ああ、何で私はいきなりあんなことしたんだろ。
 大粒の雨が私の髪を叩き、滴り流れ落ちていく。熱くなった頬を冷ましながら。
 先輩に、なんて言ったら良いんだろう。
 好きだ、って意思は伝えた方が良いのかな。それこそ嫌われるだろうけれど。
 でもどうせ嫌われるなら、せめて伝えるだけ伝えてしまっても良いか。そう、どうせ嫌われるんだ――。
 泣いても泣いても、涙は止まりそうにない。
 雨が止むのとどっちが早いか。
 良いんだ。精一杯泣いて、明日先輩に謝って、好きですって言って――それで嫌われて、全部おしまいにするんだ。
 それで良いんだ。
 嗚咽に混ざって、金属の軋むような音。
「あー、いた」
「先輩!?」
 聞き慣れた声には、少し荒い息が混ざっていた。肩を上下させながら、あやめ先輩は口元を少し上げて優しく笑ってる。それだけで安心しきってしまいそうになる。
「もう。探すの、大変だったんだよ」
「……ごめんなさい」
「良いの。そんなこと言いたかったんじゃないから」
 先輩がしゃがんで、私と同じ目線になる。白いセーラー服から、裏が透けそうなぐらいに水が滴っていた。
「あやめ先輩……すんごい濡れてます」
「あはは、それは笠間もでしょ」
 屈託なく笑う先輩。だけど、どこか普段よりぎこちなく見える。
 ……どうしよう。私が次の言葉を見つけるより早く、先輩が意を決したように、すぅ、と息を吸い込んだ。
「――教えて。笠間。最近私のこと、ずーっと見てたよね?」
 え。まさか。そんな。驚きの言葉だけが頭の中でぐるぐるしてる。バレているなんて、予想だにしなかった。
「ご、ごめんなさいっ!」
「責める気はないの。私のこと、どう思ってる?」
「先輩の、こと……? 好きです。大好き」
 直球な質問に対して、答えは台本みたいに滑らかに出てきた。
「そっか……じゃあ聞くよ。私は笠間のこと、どう思ってると思う?」
「先輩が、私のこと……えっと、嫌いになりました、よね」
「ふふ、違う。大好き、だよ」
 恥ずかしそうに目を伏せながら、あやめ先輩ははっきりとその言葉を口にした。
「え――嘘」
「本当だよ、ほら」
 あやめ先輩が私に覆い被さるようにしながら、私の肩を抱き寄せる。あやめ先輩と私の目が合う。真っ直ぐに見られただけで、凄く恥ずかしくなって耐えられない。無意識に目を反らしてしまう。
「こっち向いて」
「……はい」
 もう一度あやめ先輩を見る。切れ長の目に、少し潤んだ優しい瞳。
 想像していたよりも、ずっとドキドキする。
 あやめ先輩の瑞々しい唇が、私の唇と触れ合った。
「んっ」
 触れた唇から、体中に熱が回って暖かくなるような、優しい口づけ。
 なんだか嬉しくなってくる。
 既に私たちは、雨に濡れすぎて着衣水泳みたいな状態になっていた。制服が体にまとわりつきながら、先輩の感触をより誇張して伝えてくれる。軟体動物になって溶けあっているみたいな気分。
 すぐそばにあやめ先輩がいる。ただ触れ合っているだけでも満足なのに、それ以上を求めたくなってきてしまう――水中で呼吸をしてるみたいに、胸が苦しい。
「あやめ先輩、その……私、体が火照って――」
「あ」
 続き、したいな。この場所なら、きっとできる。
「つ……くしゅんっ!」
 続けて出てきたのは、言葉じゃなかった。
「大丈夫? そうだ、こんなに濡れたままじゃ風邪ひいちゃう」
 体は正直だった――殊に、寒さには。なんてことだ。
 


 結局、私たちは教室に置いてあったジャージを着て帰ることにした。
 着替えてる間にまたしても雨が上がってしまったけれど、今の私には大した問題じゃない。
「うん、良かった。今日も実に良い晴れっぷり」
「ねえ、あやめ先輩」
「ん? なあに、笠間」
「私、たまには雨が降ってほしいと思ってるんですよね」
「え、どうして?」
 考えてみたら、キスまでしたんだし今さら言うのもなんか変。
「その……笑わないでくださいね」
「うん、笑わないよ」
「相合い傘がしたくて」
 一瞬の沈黙。それから、先輩が満開の花のような笑みを浮かべた。
「よし、しよう! 相合い傘!」
「え、だって雨なんて……」
「良いの。面白いでしょ?」
 あやめ先輩は楽しそうに黒い傘を空に向かってかざした。あやめ先輩って、思ってたよりフランクな人なのかも。
 これからも、こんな風に新しい先輩を見つけていくんだろう。素敵じゃないか。
 逸る気持ちは抑えずに。
「うん、面白そうですね。行きましょう!」
 指と指、傘の持ち手で絡ませて。
「焦らないで。ほら。焦ったらすぐ着いちゃうでしょ?」
 あたりを朱色に染める西日の中。
 私たちは、二人で一つの傘の下。

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