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2010.07.15 *Thu
 真っ黒な空から落ちてくる水玉が、赤色の傘を叩く。雨音だけに支配された通学路。晴れていた登校時とは異なり、歩いているのは、今は優香だけ。夏の17時だというのに辺りはもう暗い。街灯の明かりがアスファルトを照らしてはいるものの、どうにも心許なかった。
「幽霊の正体見たり枯れ尾花、ってね……」
 昔の人は街路樹の柳が垂れ下がっているのを濡れた女の黒髪と見間違え、幽霊と勘違いしたそうだ。視界に端に並んでいる柳を改めてしげしげと観察すると、それも仕方の無いことのように思える。もしも、街灯の無い時代に生まれていたのなら、きっとこの柳通りは一人だと怖くて歩けそうにはない。
(雰囲気満点、だもんね……)
 そんなことを考えていると、何故か背後が気になってくる。誰かに見られているような違和感と、何者かがすぐ背後に立っているような気配に、背筋がぞわぞわとしてたまらない。優香は気味の悪さに我慢できず、何も無いことは分かってはいるものの、立ち止まり、ゆっくりと振り返った。
 突如、今まで横切ってきた数十本もの柳が、風に一斉に揺れ始める。偶然か或いは必然なのか、まるで自分のことを手招きしているかのようだった。このまま、どこかへ連れていかれそうな気配に、優香は思わず唾を飲み込んだ。
 と、その時――
「!?」
 背後から鈍い音がした。どきっ、と心臓が大きく脈打つ。息が喉でつかえ呼吸が止まった。指をぎゅっと握り締め、全身が力みに硬直する。そのせいで、反射的に振り返ることができなかった。
(ばっ、ばか。何を驚いてるのよ、私ったら……)
 心中で言い訳をして落ち着こうと試みたものの、逆に動揺が全身へと広がっていった。機を逸してしまえば、得体のし得れない何かへの恐怖心から、もはや自力では振り向くことができない。
(どっ、どうしよう……どうしようどうしよう……)
 だが、時は戻ってこない。それどころか、生温かい風が優香の頬をねぶるように撫でてきた。まるで、肩口から息を吹きかけられているかのような感触に、背筋が粟立つ。視界の柳は変わらず、こちらの方へもぞもぞと不気味に枝を動かしている。
 優香は戦慄した。もしかして柳達が先程から手招きしている相手というのは、自分の背後にいる――
 ゲコ。
「っうわああああぁぁっ!」
 突然、背後から聞こえた鈍く気味の悪い低音に、彼女は絶叫して振り向いた。足がもつれ濡れた路面に滑り、そのまま水たまりの中へと沈む。手から離れた赤い傘が、柳の根元へ転がっていった。
「はぁ……ははは、はは。なんだ蛙。蛙、か……」
 見やると、傘の脇で緑色をした殿樣蛙が一匹、喉を膨らませているではないか。優香は安堵のため息をはいて、動悸と息切れのする胸を撫で下ろした。
 と、蛙のつぶらな瞳と目が合った。
 ゲコ。
 笑われた気がした。いや、明らかに嘲笑している。
 優香の顔がみるみる真っ赤に染まっていくや、尻もちを付いたとき以上の勢いで立ち上がると、蛙を指差して今度は力いっぱい叫んだ。
「ちょっとビックリさせないでよね、このバカ蛙!」
 ゲコ。
「なによ!」
 ゲコ。
「だから、なんだってのよ!」
 ゲコ。
「悔しいーっ! 蛙のくせにバカにしやがってーっ!」
 ゲコ。
「……」
 ゲコ。
「はぁ……蛙を相手に何をしているんだろ、私……」
 顔色一つ変えない蛙に、雨のお陰も手伝って、頭に登っていた血が一気に冷めていく。
 肩まで伸ばした黒髪が、頬や首筋に張り付いて気持ちが悪い。お尻に触れる。スカートはびしょ濡れになっていて、下着まで浸透していた。上着も同様だった。もはや、手遅れなことは承知していたが、雨にずっと打たれたままでいるつもりは毛頭無い。
 優香は蛙の側まで歩み寄り、傘を手に取った。異常はないか確認する。どうやら骨は折れていないようだ。そんな姿を、蛙が見上げている。
「なによ?」
 ゲコ。
 先刻から彼女の声に反応している訳ではないのだろうが、蛙は一鳴きすると、何を思ったのか柳の枝に向かって飛び跳ねた。が、僅かに届かない。蛙は華麗に着地すると、また枝に向かって跳躍する。今度も辿り着くことができず、水たまりに波紋を広げて着地する。
「蛙のくせに情けない奴め。私を笑うなんて100年早いのよ、ばーか」
 ゲコ。
 しかし、優香の声など聞いてはいないと言わんばかりに、蛙は何度も何度も同じ事を繰り返し始めた。
 3回。
 4回。
 5回。
「バカね……いい加減に諦めたら?」
 6回。
 7回。
 8回。
「何度やっても無理なものは無理なんだって。私と一緒でさ……」
 10回。
 11回。
 12回。
「諦めなよ、私みたいに。その方が楽だよ?」
 13回。
 16回。
 18回。 
「諦めなって、無駄なことはさ!」
 20回。
 24回。
 27回。
 ゲコ。
「人が親切に言ってやってんのに……しょせんは蛙、か。馬っ鹿じゃな――」
 彼女が悪態を吐いた、その時。その言葉をかき消すように一陣の突風が吹き抜けた。
 枝が音をあげて揺れ、柳が大きくたわむ。そして――
「うそ……」
 優香は眼前の光景が信じられず、目を見開いた。何が起きたのか理解することができなかった。その一部始終を、見ていたにもかかわらず。
 ゲコ。
 対して、蛙は冷静だった。先程と変わらぬ声色で一鳴きすると、枝を起用によじ登っていく。一人その場に残された優香にできたのは、呆然と、つやつやしたその後ろ姿を見送ることだけだった。

『先輩にお話したいことがあるんです。もしよかったら放課後、お時間戴けませんか?』
 お昼休み。昨晩は緊張の余り一睡もできなかったせいで目の下に作ってしまった隈を、母親から拝借した化粧品を使い入念に隠した優香は、意を決して先輩の教室を訪ねた。
 相手に聞かれるのではないかと心配するくらい、大きく脈動する早鐘の左胸。緊張による手足の強張りと震え。それらを勇気でねじ伏せ、可能な限りの平静を装い、自分で可愛らしいと思う精一杯の笑顔で先輩にお願いした。
 すると、先輩は教室まで押しかけてきた後輩に対して何一つ嫌な顔をせず、長い黒髪を右手で掻き上げ、可愛らしく小首を傾げながら、いつもの穏やかな微笑みで了承してくれたのだった。

 にも関わらず――優香は今、ここにいる。
「無様なのは……断られるのが怖くて、直前になって逃げ出した私だけだ……」
 脱力した手の中から傘が落ちて、再び地面を転がっていく。
 今日は運動場が使えない。部活は休みとなり、部室には誰もいない。明かりの灯っていない部室に来た先輩は、さぞ訝しんだに違いない。そして、中でしばらく待った後、飽きれ果てて帰ったことだろう。
「どうせ嫌われるんだったら……この気持ちだけでもきっちり伝えれば良かったのよ!」
 溢れ出す涙が、後悔という名の軌跡を頬に描いていく。火傷してしまう程に熱く、痛かった。知らずに噛み締めていた唇。口内に血の味が広がる。
 と、そこへ――
 ゲコ。
 声が聞こえた。
 何故か、はっとして、優香は柳を見上げた。しかし、蛙の姿はもう何処にも見えない。雨音に負けない鳴き声だけが、彼の元までやってきていた。
 ゲコ。
「私は……あなたのことを、馬鹿にしたのよ?」
 ゲコ。
「ええ、そう……」
 ゲコ。
「そうよね……」
 ゲコ。
「ありがとう……」
 優香はそう蛙に告げると、駆け出した。

 いま自分にできることを、ただただ成すが為に――


テーマ 「雨」
題材  「6月花札――柳に蛙と小野道風」

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